今回、タイ国を大きくゆるがした事件で、大打撃を受けたのは個人店主たち。日本人を顧客とする店主も同じく大打撃を受けた。本紙では広告を掲載している店主たちを盛り上げて、元気を出してもらえるよう、ストーリー仕立ての店主物語りを展開する。今回はその第1回目。

店主物語り①

タイで日本人向け仕立てを12年

うるさくいう日本人に対応できるのが自分の価値

  その店はBTSアソーク駅から、連絡通路を通って入ったタイムズ・スクエアの中にある。こじんまりした店で店主とスタッフ1~2人が常駐する、ほんとにささやかな店である。所狭しと生地が並び、ピカピカのスーツが立てかけてある。日本人向けにスーツを仕立てる「K2テイラー」だ。
 
 そこの店主はアビド。顔を見るとやはり、インド系。出身はパキスタン。しかし、その彼から出てくる言葉は何と日本語。結構、流暢に日本語を操る。タイに住む日本人を相手に12年間も、K2テイラーを守り続けているアビド。なぜ、タイでテイラーを営み、日本語を話すのか。


  日本に渡ったのは24歳の時。浦安のベイヒルトンにインド・パキスタン料理のコックとして招かれた。その後、恵比寿、代官山でも働く。その勇姿はたびたび新聞や雑誌などでも取り上げられる、日本での生活では友だちは皆、日本人。下町の居酒屋へも連れ立って行く、そんな日本どっぷりの生活を送った。それで日本語もみるみる上達し、自分でも「パキスタンの血は30%、日本人の血が70%」と思うくらい日本人化した。


  転機は1996年、33歳の時だ。知り合いのインド人のオーナーがタイで仕立屋をやっていて、流暢な日本語をしゃべるアビドに白羽の矢が立った。住みやすくて居心地がよいタイに腰を落ち着けようと、決心する。しかし、その時に見たものは、今まで脈々と自分の中で流れる反骨心の源となっている。ほとんどリピーターの客はいない。旅行者ばかり。チャイナタウンのサンペンで買った生地をイタリア製生地だという。テカテカになっちゃうし、着てもすごく重い。値段も50%ほど割増し。


  でもイチゲンの客だから何でもできる。もう来てもらわなくてよい。旅行者は次々やってくる。そんな商売を見ていて、日本人化しているアビドは考えた。「自分が店をやればきっとうまくいく。正直に客と応対し、いい商品を売る。だまされないと思えば、客はリピートしてくれる」。そんな店が頭の中に浮かんだ。


  タイに来て2年後、思い切って独立した。資金が足りなかったが、日本人の知り合いが、自分の志しに共感してくれて、ポンと投資してくれた。
  オープン当初から、日本人顧客専用は変わらない。リピーターがほとんど、在タイのビジネスマンがほとんど。その人たちの口コミで新規の客がやって来る。
  カシミアの生地がメイン。一番、人気があるのはカシミア65%のスーツで、料金は12000バーツ。カシミア100%なら18000バーツ。冬はあたたかい、夏は涼しい、軽い、気持ちいい、着やすい、型くずれしない、テカテカしない、見た目の高級感がある。そういう理由で、カシミアをアビドは勧める。


  既製品はなかなか日本人の体型に合わない。その点、仕立てなら、肩幅の長さや左
右の手の長さの違い、また下の長さなど、細かい部分まで気配りができ、自分に合ったスーツが出来上がる。日本人の特徴を熟知したアビドが作れば天下一品だ。
  12年も日本人相手に経営してきた実績が誇り。「もちろん、細かいことまで注文する人や、うるさく言う人などもいますが、それは、日本人の買い物の仕方。それに対応できるのが自分の価値だし、その部分が気に入ってリピートしてくれるのです」。ここまで日本語をちゃんと話せるからりっぱだ。


  すでに8年前に同郷の女性と結婚し、今は4人の子どもに恵まれる。「一番上がまだ7歳だから将来のこと、というのも言えないけど12~14歳くらいになって、将来を考えていくんじゃないのかなあ。4人のうち1人は日本に行かせたいね」。その先には日本人相手に仕立ての事業を代々に引き継ぎたい、という気持ちがあるようだ。  (敬称略) 2010/12